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高松地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決 1961年1月12日

原告 森田ツル

被告 高松市教育委員会

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告高松市教育委員会が昭和二十八年五月二十六日原告の災害は公務上のものとは認め難い旨なした認定は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

(一)、原告は昭和二十二年三月三十一日高松市立鶴尾小学校教諭となり、現在(休職中)に至つているが、昭和二十七年三月二十四日午前七時三十分頃右小学校に登校の途中、同小学校正門より約百六十米離れた琴平街道上において自転車と衝突し、後頭部、第七頸椎骨及び右第九、第十、第十一肋骨の打撲症等の傷害を受けた。そこで原告は被告に対し公務災害補償の請求をしたところ、被告は、昭和二十八年五月二十六日後記謝恩会を公務とするには疑義があり、仮に公務とするも原告の右災害は通常の通勤途上のことであるから、公務上の災害とは認め難い旨認定し、原告に対しその旨通知して来た。右認定につき原告は香川県人事委員会に対し審査の請求をしたが、同委員会も昭和二十九年三月十三日右認定と同旨の裁定を下した。

(二)、前記鶴尾小学校では、昭和二十七年二月頃の職員会議において、例年どおり卒業式(三月二十六日)前に謝恩会を催すことを決定していたところ、原告は同年三月二十三日の夜訴外佐藤(同小学校教諭)より、急に明日謝恩会を行うことになつたから、明日正午頃迄に寿司二斗七升を調えるようにとの指示を受けたので、翌二十四日早期寿司の材料にする油揚を学校附近で注文すべく平常より早く登校の途中、本件災害を被つたものであるが、右謝恩会は卒業式前に卒業予定の生徒と職員が会合して名残りを惜しむと共に卒業予定の生徒が家事主任の教師の指導の下に昼食、お菓子等を作つたり、配膳その他の家事実習をするもので、毎年一月位前に職員会議の席上で決定される学校行事の一つであり、公的な催しである。従つて本件災害は公務の遂行中に生じたものであるにも拘らず、被告がこれを公務上の災害と認定しなかつたのは違法である。よつて被告のなした前記認定の取消を求めるため本訴請求に及んだ、

と述べ、証拠として甲第一号証を提出した。

被告訴訟代理人は、

(一)  本案前の裁判として主文同旨の判決を求め、その理由として、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(昭和三一年六月三〇日法律第一六二号)の施行に伴い、学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事については、県教育委員会の職務権限に属することになり、被告の権限に属しないこととなつた。従つて被告は本訴の当事者能力を欠くから本訴は不適法として却下さるべきである。

(二)  本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として、

原告主張事実中、被告が昭和二十八年五月二十六日原告の災害は公務上のものとは認め難い旨認定したこと、謝恩会が学校の行事として催されていることは認めるが、公的な催しであるとの点は否認する。即ち謝恩会は、卒業予定の生徒が担任の教師と協議の上自主的に行うものである。その余の事実は不知、

と述べ、甲第一号証の成立を認めた。

理由

原告の本訴請求は、高松市立鶴尾小学校教論である原告が、昭和二十七年三月二十四日早朝当日同小学校で催される謝恩会の用意のため同小学校に登校の途中、自転車と衝突して被つた傷害に対し、被告は昭和二十八年五月二十六日原告の右災害は公務上のものとは認め難い旨認定したが、右認定は違法であるからこれが取消を求めるというのであり、被告の認定が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがないところである。

そこで被告のなした右認定が、行政事件訴訟特例法にいう行政訴訟の対象となり得る行政処分に該当するか否かについて判断するに行政庁の行為であつても行政権の発動として法律効果の形成を目的とするものでないもの即ち国民の権利義務に直接且つ具体的な法律上の影響を及ぼさないものは、これを訴訟によつて排除する意味がないから行政訴訟の対象とならないものであるこというまでもない。ところで地方公務員が公務の遂行中に災害を受けた場合に有する災害補償請求権は地方公務員法第四十五条、労働基準法第七十五条乃至第七十七条等に定める要件にあてはまる事実が生じたときに法律上当然発生するものであつて、右請求権の発生につき行政庁による何等かの処分の介在を必要とするものではなく、本件の場合においても原告の前記災害が公務上のものであるか否かは、被告高松市教育委員会(実施機関)の認定によつてはじめて確定するものではない。かかる行政庁の認定は、行政庁としての見解を表明することによつて地方公務員に対する災害補償を簡易迅速に解決するためのいわば便宣的な措置に過ぎなく、公務災害補償請求権の存否に何等法律上の影響を及ぼすものではない。従つて被告のなした前記認定は行政訴訟の対象となり得る行政処分の性質を有しないものといわなければならない。(行政庁の災害補償の実施に関し不服がある当事者は、民事訴訟によつて直接補償金を請求すべきである。)

然らば原告の本訴請求は、行政訴訟の対象とならない行政庁の行為を捉えて、その取消を求めるものであるから、爾余の点についての判断をなすまでもなく、本件訴は不適法たるを免れない。

よつて本件訴はこれを却下することとし、訴訟費用負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浮田茂男 原政俊 白石隆)

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